* お知らせなどをつらつらと。 *
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1995年。いろいろなことがあった年だった。
この年の初詣は、幼馴染と和歌山に出かけた。
初詣を終え、夜中に参道を歩いていたら
そもそもそっちの能力に欠けているはずの
僕に「直感」が「降りて」きた。
「今年は転機の年になる。」
この直感は一週間も経たずに正しいことが証明された。
父の余命がいくばくもない、ということがわかったからだ。
実は父は前年の夏の終わり頃から、「食欲がない。しんどい。」を繰り返していた。
もともと若い頃結核をやっていて、喘息もちだった父は
定期的に某病院の内科に通っていた。
そこで度々上記を訴えたが、担当医は検査らしい検査もせず
「大丈夫、どこも悪くない。」と繰り返していたという。
まぁ例の3分診療だから、仕方ないと言えばそうだろう。
が、家族としては、早い時期にきちんと検査してくれていれば、
という意識は抜けない。
12月に受けた検査の結果、胃にがんが見つかった。
しかも、肝臓にも転移しており、どうしようもないという。
医師の言葉が控え室に響いた。
「今年の桜は、見られないでしょう。」
当初、抗がん剤の投与も見送る方針だと聞いた。
ところが後日、不可解なことが起こる。
担当医が前言を翻し、「抗がん剤を投与します。」と言い出した。
どうせ助からないのなら、抗がん剤の投与で
父の体力や精神力に負担をかけたくはない。
僕は反対の意思を伝えた。
担当医は声を大きくし、「目が死んでいるじゃないですか!
少しでも元気になって欲しくないんですか。」と言い放った。
「抗がん剤の投与は患者に負担がかかると聞いています。
もし事実であれば、投与は見送っていただきたい。」
繰り返しそう伝えたが、担当医はがんとして受け入れない。
しかも、患者に負担があるかどうかには答えず、
「投与しましょう。」の一点張りである。
結局、私が折れる形となり、抗がん剤の投与が開始された。
ただ幸か不幸か、投与された薬は我々素人が眼に見えてわかる
効果を発揮しなかった代わりに、父に苦痛も与えなかった。
結局効果なし、ということで抗がん剤の投与は
一月余りで中止され、栄養剤の投与で
多少元気を取り戻した父は退院する。
その後、父は1〜2ヶ月の命のはずだったのだが、
結局父はこの年の11月まで生き延びる。
桜を見て、秋の落ち葉を見て父はこの世を去った。
当時の上司(後に職席上は部下になったが)はこう言った。
「さすが水着屋の社長や、シーズンの区切りに逝った。」
今日は父の命日。
合掌。
この年の初詣は、幼馴染と和歌山に出かけた。
初詣を終え、夜中に参道を歩いていたら
そもそもそっちの能力に欠けているはずの
僕に「直感」が「降りて」きた。
「今年は転機の年になる。」
この直感は一週間も経たずに正しいことが証明された。
父の余命がいくばくもない、ということがわかったからだ。
実は父は前年の夏の終わり頃から、「食欲がない。しんどい。」を繰り返していた。
もともと若い頃結核をやっていて、喘息もちだった父は
定期的に某病院の内科に通っていた。
そこで度々上記を訴えたが、担当医は検査らしい検査もせず
「大丈夫、どこも悪くない。」と繰り返していたという。
まぁ例の3分診療だから、仕方ないと言えばそうだろう。
が、家族としては、早い時期にきちんと検査してくれていれば、
という意識は抜けない。
12月に受けた検査の結果、胃にがんが見つかった。
しかも、肝臓にも転移しており、どうしようもないという。
医師の言葉が控え室に響いた。
「今年の桜は、見られないでしょう。」
当初、抗がん剤の投与も見送る方針だと聞いた。
ところが後日、不可解なことが起こる。
担当医が前言を翻し、「抗がん剤を投与します。」と言い出した。
どうせ助からないのなら、抗がん剤の投与で
父の体力や精神力に負担をかけたくはない。
僕は反対の意思を伝えた。
担当医は声を大きくし、「目が死んでいるじゃないですか!
少しでも元気になって欲しくないんですか。」と言い放った。
「抗がん剤の投与は患者に負担がかかると聞いています。
もし事実であれば、投与は見送っていただきたい。」
繰り返しそう伝えたが、担当医はがんとして受け入れない。
しかも、患者に負担があるかどうかには答えず、
「投与しましょう。」の一点張りである。
結局、私が折れる形となり、抗がん剤の投与が開始された。
ただ幸か不幸か、投与された薬は我々素人が眼に見えてわかる
効果を発揮しなかった代わりに、父に苦痛も与えなかった。
結局効果なし、ということで抗がん剤の投与は
一月余りで中止され、栄養剤の投与で
多少元気を取り戻した父は退院する。
その後、父は1〜2ヶ月の命のはずだったのだが、
結局父はこの年の11月まで生き延びる。
桜を見て、秋の落ち葉を見て父はこの世を去った。
当時の上司(後に職席上は部下になったが)はこう言った。
「さすが水着屋の社長や、シーズンの区切りに逝った。」
今日は父の命日。
合掌。
いつも思うんだが、単純に「私は○○(職業・立場)です。」と
言い切ることになんとなく納得がいかないときがある。
いろいろな立場を持っているからだ。
「カウンセラー」という立場で仕事をするときと
「講師」で仕事をするとき、どちらででも
共通することもあるが違う部分も当然ある。
例えば、ミクシィである日記を書いたとき、メッセージが届いた。
「お立場上、まずいんじゃないか?」
問いかけの形を取ってはいるが、要はクレームである。
親切で言ってくれていると受け取ることももちろんできるが、
後日、「やっぱり納得行かないから」とマイミクを
切ってこられたのでやはり考え方、感じ方の問題なんだと思う。
誰彼なしに好かれようとは思わないし、そんなことはできるはずもない。
下手にやろうとすれば、八方美人を演じることになって疲れるだけだ。
「講師」であり、「カウンセラー」であり
「夫」であり、「レーシングドライバー(嘘です。)」であり
「小説家(これも。)」であり。
いろいろな立場の自分がいて、それらは全部おいら自身だ。
人からおいらを見たとき、「あなたは××だから」と言い切られるよりも、
「つかみ所のない、曖昧な人だな。」と思ってもらった方が
気楽だし、面白いような気がする。
言い切ることになんとなく納得がいかないときがある。
いろいろな立場を持っているからだ。
「カウンセラー」という立場で仕事をするときと
「講師」で仕事をするとき、どちらででも
共通することもあるが違う部分も当然ある。
例えば、ミクシィである日記を書いたとき、メッセージが届いた。
「お立場上、まずいんじゃないか?」
問いかけの形を取ってはいるが、要はクレームである。
親切で言ってくれていると受け取ることももちろんできるが、
後日、「やっぱり納得行かないから」とマイミクを
切ってこられたのでやはり考え方、感じ方の問題なんだと思う。
誰彼なしに好かれようとは思わないし、そんなことはできるはずもない。
下手にやろうとすれば、八方美人を演じることになって疲れるだけだ。
「講師」であり、「カウンセラー」であり
「夫」であり、「レーシングドライバー(嘘です。)」であり
「小説家(これも。)」であり。
いろいろな立場の自分がいて、それらは全部おいら自身だ。
人からおいらを見たとき、「あなたは××だから」と言い切られるよりも、
「つかみ所のない、曖昧な人だな。」と思ってもらった方が
気楽だし、面白いような気がする。
10月5日はブレイン繊維株式会社の命日。つまり、前職で経営していた会社の破産申請が地裁に受理された日である。
昨年の今日と同じ事を書かないように、と昨年のブログの記事を読んでみた。今読んでみると、正直まだ生々しく感じる。ただ、やっぱり時間は刻々と過ぎているのかと思うのは、どぎつさが以前ほど感じられなくなったことだ。
かれこれ2年の月日が過ぎたが、今の自分を省みてみると、再起や再生とは程遠い現状である。どうにか生き残り、生き残ったことにたいする罪悪感がようやく薄れてきたと言えばいいのだろうか。
もちろん、前職で迷惑をかけた方々への申し訳なさは消えるものではないし、いつか何らかの形で償いはしたいと思っている。ただ、それもこれも、おいらがしっかり自分の足で立って、歩かねばどうしようもないことなのだ。
最近、ようやく落ち着いて当時を振り返ることができるようになった。できていたこととできなかったこと。無理をしていたこととムリせずスイスイ進めたこと。我慢しなくていいところで我慢して余計なストレスをためたり、その逆も。
とにかく倒産と破産を境に、自分の自分に対する評価は完全否定、全人格否定だった。そうして自分を責めることでしか、生き残るすべを見つけられなかったのである。が、時間は過ぎ、当時の混乱からようやく脱しつつある(随分時間がかかったもんだ)。自分を責めなくても、自己肯定できることが少しずつ増えてきた。
前職やその時期に積み残した問題や課題は、やっぱり現状にも反映している。状況が変わっても、課題は変わらない。ちょっとうんざりするんだが、メンタル系のお師匠に言わせれば、「課題解決のチャンスが何度も巡ってきて幸せだねぇ。」となる(苦笑)。
ようやっと、生きていていい、と自分で自分が認められるところがわかるようになってきた。もう少し、もう少し。
昨年の今日と同じ事を書かないように、と昨年のブログの記事を読んでみた。今読んでみると、正直まだ生々しく感じる。ただ、やっぱり時間は刻々と過ぎているのかと思うのは、どぎつさが以前ほど感じられなくなったことだ。
かれこれ2年の月日が過ぎたが、今の自分を省みてみると、再起や再生とは程遠い現状である。どうにか生き残り、生き残ったことにたいする罪悪感がようやく薄れてきたと言えばいいのだろうか。
もちろん、前職で迷惑をかけた方々への申し訳なさは消えるものではないし、いつか何らかの形で償いはしたいと思っている。ただ、それもこれも、おいらがしっかり自分の足で立って、歩かねばどうしようもないことなのだ。
最近、ようやく落ち着いて当時を振り返ることができるようになった。できていたこととできなかったこと。無理をしていたこととムリせずスイスイ進めたこと。我慢しなくていいところで我慢して余計なストレスをためたり、その逆も。
とにかく倒産と破産を境に、自分の自分に対する評価は完全否定、全人格否定だった。そうして自分を責めることでしか、生き残るすべを見つけられなかったのである。が、時間は過ぎ、当時の混乱からようやく脱しつつある(随分時間がかかったもんだ)。自分を責めなくても、自己肯定できることが少しずつ増えてきた。
前職やその時期に積み残した問題や課題は、やっぱり現状にも反映している。状況が変わっても、課題は変わらない。ちょっとうんざりするんだが、メンタル系のお師匠に言わせれば、「課題解決のチャンスが何度も巡ってきて幸せだねぇ。」となる(苦笑)。
ようやっと、生きていていい、と自分で自分が認められるところがわかるようになってきた。もう少し、もう少し。
1日の日曜日、映画の日だったので観てきました。
この作品も、もう三作目ですね。
一言で言えば、ワルの車好きが主人公の映画です。
ヤフーのレビューを見ると、今回は違ったという言葉が
多かったのですが、観てみたらなるほど、と。
一作目二作目に比べると、主人公が17歳の高校生って
こともあるのかなぁ。
これまでのワイルドスピード+青春映画のニュアンスあり。
楽しみのクルマはキャラのクルマを列挙すると
・ランエボ(主人公のドリフトの練習用!)
・FDのRX-7(サブキャラだが重要な役どころ;
ヴェイルサイドのエアロ付)
・RX-8(ヒロインの愛車)
・初代マスタング(主人公が乗る;最初と最後)
・S14シルビア
・Z33
やっぱりびっくらこいたのはドリフトシーン。
ほとんどはCGじゃない(ように見えた)。
ちょい役でドリキンこと土屋圭一が出てたりしてたから、
多分ドライブも彼がやってたんじゃないかな。
そこらへん、昨年観た実写版の「頭文字D」よか迫力あったよ。
印象に残っているのは、立体駐車場のらせん階段ならぬ
らせん通路をドリフトで上っていくシーン。
漫画イニシャルDで主人公が一般公道で片車線だけ
使ってドリフトしていくシーンがあるけど、
「あんなもんできるわきゃねー!」と
おいら自身は思っていたが、甘かった。
単においらができないだけで、
実際にできちゃう人ってたくさんいるのね(涙)。
あ、でも女の子ナンパするのに、女の子のクルマの周りを
ドリフトでその場旋回するシーンは見ていて
「あれならおいらでもできる。ただし、
タイヤがもったいないから雨の日だけにしよう。」
などと考えてしまった。しみったれてるっつーの(爆)。
レストアした初代マスタングにRB26DETTを
載っける根性がすごかった。
「TAXI」なんかもそうだけど、こういう「ワル」が面白い。
自分にはできんから憧れるのか、
自分の中にそういう性質があるのかは定かじゃないが。
久しぶりの映画、楽しんできました。
この作品も、もう三作目ですね。
一言で言えば、ワルの車好きが主人公の映画です。
ヤフーのレビューを見ると、今回は違ったという言葉が
多かったのですが、観てみたらなるほど、と。
一作目二作目に比べると、主人公が17歳の高校生って
こともあるのかなぁ。
これまでのワイルドスピード+青春映画のニュアンスあり。
楽しみのクルマはキャラのクルマを列挙すると
・ランエボ(主人公のドリフトの練習用!)
・FDのRX-7(サブキャラだが重要な役どころ;
ヴェイルサイドのエアロ付)
・RX-8(ヒロインの愛車)
・初代マスタング(主人公が乗る;最初と最後)
・S14シルビア
・Z33
やっぱりびっくらこいたのはドリフトシーン。
ほとんどはCGじゃない(ように見えた)。
ちょい役でドリキンこと土屋圭一が出てたりしてたから、
多分ドライブも彼がやってたんじゃないかな。
そこらへん、昨年観た実写版の「頭文字D」よか迫力あったよ。
印象に残っているのは、立体駐車場のらせん階段ならぬ
らせん通路をドリフトで上っていくシーン。
漫画イニシャルDで主人公が一般公道で片車線だけ
使ってドリフトしていくシーンがあるけど、
「あんなもんできるわきゃねー!」と
おいら自身は思っていたが、甘かった。
単においらができないだけで、
実際にできちゃう人ってたくさんいるのね(涙)。
あ、でも女の子ナンパするのに、女の子のクルマの周りを
ドリフトでその場旋回するシーンは見ていて
「あれならおいらでもできる。ただし、
タイヤがもったいないから雨の日だけにしよう。」
などと考えてしまった。しみったれてるっつーの(爆)。
レストアした初代マスタングにRB26DETTを
載っける根性がすごかった。
「TAXI」なんかもそうだけど、こういう「ワル」が面白い。
自分にはできんから憧れるのか、
自分の中にそういう性質があるのかは定かじゃないが。
久しぶりの映画、楽しんできました。


ドタバタしているうちに4日も過ぎてしまいましたが
「行列のできる講座の作り方」のイベント報告をします。
お尻に火がつかないとなかなか動き出さない
かめも、今回ばかりはリキ入ってました。
とはいうものの、いつもと同じなので
準備やらなんやらしているうちに当日を迎えてしまう事。
どうも準備万端で当日を迎えるってことができん(涙)。
飛び込みの参加があったりしてレジュメが足りなくなったりの
ハプニングもあったけど無事に終了しました。
メイン講師の牟田さんにお聞きしてみると、
今回のように行政関係者やNPO、自営や会社員が
これだけまんべんなく同じような率で参加される会は珍しいそうだ。
まぁ今回の場合、ちょっと行政が少ないし
逆にかめの経歴のせいか自営が多い。
「かめがやるんなら行ってやろう」と
お運びいただいた方もたくさんいらっしゃったんじゃないか。
ただ、ありがたいのはかめにはどなたも一言も
恩着せがましいことはおっしゃらなかったこと。
意気に感じるかめとしては、身が引き締まる思いでした。
参加者の構成もさることながら、
牟田さんの「行列講座」の多くは丸一日のパターンも多い。
それを平日夜の2時間だけのセミナーで
参加費は通常の一日セミナーと同じに設定した
かめはある意味ムボーだったかも知れない(笑)。
ただこれはかめなりに、
「セミナーには出たいが丸一日はつぶせない」人が
相当数いるだろう、と予測したから。
今年は大阪で5月、6月、7月と連続して
100人規模で開催されていたけど、
上記の予測からまだ十分にマーケットはあるとの読みがあった。
結論から言えば、結果としては定員割れ。
つまり、読み通りではなかったということ(涙)。
とはいえ、セミナーそのものは講師の牟田さんと
参加者の皆さんのおかげで熱気のこもったものになった。
アンケートから感想を拾ってみると
「有効なチラシの作り方がわかりました。」
「即、役に立つと思います。目からウロコが100枚ほど落ちました。」
「自分のチラシの反省点が、お話の最中ずっとめぐっていました。」
など、好意的な感想がほとんどだった。
牟田さんは男女共同参画社会の実現をミッションに活動されている。
これが実現されれば、働き盛りの男性の自殺も、
DVの被害も、なくせるかも知れない。
オーガナイズとは別に、彼女の情熱がおいらにも伝わって来た。
おいらだって、自殺はたった一人でも止めたい。
DVだって、なくすためになんかできるかも知れない。
「自分の手の届くところから、やってみよう!」
そう感じたイベントでした。


